きつねにっき

推しに引かれて善光寺

林蘭丸というひとのこと 3

 今回は、DOUBT創始者である蘭丸の異質性について指摘したいと思います。

 中村蒼は蘭丸の生い立ちを「貧困の中で性産業に従事する母親に虐待[1]された挙句、一家心中で生き残ってしまった」「金と力があれば家族を守れたのに、と思ってしまった」と述べています[2]。そしてこの蘭丸に関する情報は作品の中で明かされることはありませんでした。

 

2.1 キャラクター論的観点から

 蘭丸を前述のキャラクターの定義に基づいて作品から得られる情報のみに従って分析すると、以下のような結果が得られます。

 

固有名

林 蘭丸

意味

・悪のスカウト集団の創始者  ・暴君  ・金で動く ・ROCKYの対照物

図像

中村蒼 ・「綺麗な顔」 ・赤いファーコート ・黒のハイネック ・革靴 

・ネックチェーン

内面

・残虐  ・利己的  ・他人を信頼しない ・子ども

 

 表とは前後しますが、初めに図像について考察しようと思います。

 服装は黒ずくめのDOUBTの中で浮き上がる深紅のファーコートとして設定されています。今冬の流行も相まってHiGH&LOW全体の中でも異彩を放っていました。FOREVER21に行ったところ赤いファーコートがありました。試しに来てみたらめちゃくちゃ暖かかったです。黒のハイネックは、後述するROCKYとの対称性[3]から推察すると恐らく首を絞められた痕があるのではないかと思われます。ネックチェーンは平井とお揃いの可能性が非常に高いのですが、この点については後述します。また、ザム2終盤、九龍グループの善信による「綺麗な顔」との発言がありました。多くの観客が指摘するように、この発言がなされた状況と彼の「蘭丸」という名前から性的なニュアンスを読み取ることは難しいことではありません。

 内面を見れば、残虐、利己的、他人を信頼しないと悪役的要素がこれでもかと詰め込まれています。こうした性格をもつ人物は、HiGH&LOWの、特に子どもの世界であるSWORDやMUGENの子どもたちの間においては恐らく初出でしょう。李さんでさえもっと愛嬌がありました。蘭丸のことを「絶対悪」と表現するインタビュアーも存在しました[4]

 しかし、これらの性格、そして物語における意味を見れば、ある一つの結論に収束が示されます。すなわちそれは「幼稚性」であり、さらにはROCKYとの対比です。この対比関係こそがザム2における対立軸であり、最終的に蘭丸はROCKYの成長過程に飲み込まれてしまうのです。

 

2.2 残酷さとして発現する幼稚性

 蘭丸の幼稚性については彼の行動・演出から読み取ることが可能であり、また彼が「遊ぶ」というときそこに暴力が介在することが指摘できます。

 蘭丸の登場時のBGMはオルゴールです。このオルゴールBGMは対ROCKY戦において鎖を発見した時にもかかっています。この時、直前までかかっていたDOUBTのチームソングである『ASOBO!』はこのBGMによってかき消されました。この際、蘭丸は垂れさがっている鎖を見つけると、おもちゃを発見した赤ちゃんの如く笑いながらROCKYの首に巻き付けます。また、BGMはかかりませんが何に使うのかわからないほど大きなレンチを見つけてROCKYの頭にフルスイングするときもげへげへ笑っています。仲間から鉄パイプを奪ってRascalsのモブを殴る時、また回想で警官を棒で叩いている時もあひゃあひゃ笑っていました。加えて、DOUBTのアジトで行うコインファイトを行う際の台詞は「ちょっと遊ばねぇか」です。そしてROCKYとの対戦にあって、彼は何度も笑っていました[5]。もう完全に赤ちゃんがばぶばぶしている状態でしょう。ばぶぅ。

 こうした点から、蘭丸の「遊び」はすなわち喧嘩であることが指摘できます。前述したように、喧嘩は彼らにとって何かを守る手段であり、HiGH&LOWにおけるコミュニケーション文法に伴って生まれるものです。しかし蘭丸は喧嘩を、コミュニケーション手段ではなく遊びとして捉えています。もちろん第二次黒白堂抗争はDOUBTの縄張りを取り戻すことが第一目的としていましたが、それ以上に彼は喧嘩を楽しんでいると考えられ、そこにおける喧嘩シーンでの笑い、BGMから、蘭丸の幼さが明示されているといえます。

 それと同時に、蘭丸がSWORDや他の面々が持つコミュニティから断絶していることがわかります。彼の喧嘩はコミュニケーションではないため、誰とも心を通わすことができません。彼の喧嘩は相手の尊厳を奪い、苦しめ、自分が楽しむための喧嘩であり、そこからは誰ともつながることができない。これは主体がないモブダウトたちとは全く違う理由でのディスコミュニケーションということができましょう。

 第一章で行った、EXILE PYRAMIDの一節を再び引用します。「このEXILE PYRAMIDに属するメンバーは、一人ひとりが交流して刺激し合い、活動の幅を広げ、新しいエンタテインメントの可能性に挑戦していきます。[6]」。蘭丸は交流することができません。そのため、このPYRAMID、世代からは隔絶した完全に外の存在である[7]

 

2.3 ROCKYとの対比から

 蘭丸とROCKYとの間には明らかな対比関係があります。

 

蘭丸

ROCKY

母親に虐待を受ける

父親に虐待を受ける

一家心中の末生き残って「しまった[8]

父親の虐待に耐えかねた母親と姉が自殺

女性は金を産む道具

女性は守るべきもの

仲間は自分のことしか考えていない

仲間を信じ、巻き込まないよう守る

愛された記憶がある

 

上記の表で示した対比は、ROCKYの過去を象徴するための人物として蘭丸が造形されたと考えるに十分といえるでしょう。蘭丸は、道を違えたROCKYであり、ROCKYは道を違えた蘭丸である。つまり、蘭丸はROCKYが持ち得たかもしれない暴力性・利己性を担っているのです。二人のファイトスタイルが似通っているのもここに理由があると考えられます。

 第二次黒白堂抗争の終盤、蘭丸の手を捕縛して拳を振り続けるROCKYのシルエットは、言うことを聞かない子どもを叱る母親のそれでした。ROCKYは自分が持ったかもしれない無差別な暴力性を、自分を愛した母親の姿でもって叱るのです。ここに、蘭丸個人の自我は存在しません。なぜなら、この場において蘭丸の機能は「ROCKYの乗り越えるべき過去」以上のものを持たないからです。

 蘭丸は残虐性と幼稚性を持った子どもである。彼は「境界線なんかいらねぇ」と嘯いた挙句、境界線の向こうの大人、九龍グループによってその残酷さ、悪役という意味を簒奪されることとなります。

 

2.4 SWORDの暗黒面として

 SWORD地区を取り巻く環境は決して明るくありません。山王商店街は潰れかけているし、ラスカルズを取り巻く夜の世界には危険が満ちています。鬼邪高校はヤクザ養成校としての側面を持っていたし、無名街は爆破セレモニーされ、達磨一家もよくよく考えれば賭博稼業です(あれが違法でなかったならば右京さんはザム2に出ていたでしょうに)。

 しかし、彼らは腐ることなく明日を信じて「正しく」生きようとする。それは彼らが互いに切磋琢磨し、信頼し、協力しあうことができるからです。つまり、「ともに戦い、ともに強くなる」ことができる。

蘭丸にはそれができなかった。

 彼の出自は貧困と虐待に満ちています。おそらく、彼は母親に愛された記憶がないのでしょう。中村蒼の、「お金があればこうはならなかっただろうし、自分に力があればこうはならなかったという気持ちで大きくなった。[9]」という言葉から、彼は自らを取り巻く人間への信頼を持ちえないまま成長したのだと考えられます。また、前述したように善信の「綺麗な顔してんじゃねぇか」という発言に対する笑顔、「蘭丸」という名前から、性的な歪みのニュアンスを読み取ることは困難ではない。悲惨な越し方を想起させる記号がありすぎます。

 DOUBTを結成する前、羅千地区を「恐怖に染め上げていた[10]」蘭丸は、誰からも愛されることも、信頼されることもなかったでしょう。そのため、蘭丸には人を信頼することができません。さらに蘭丸はHiGH&LOWにおけるコミュニケーションの外にいる。よって、蘭丸自身がどうにかして変わらない限り、誰も彼と本当の意味で交流することができない。

 残酷なことに、この点はROCKYと対比され、さらに勝敗を決めるクリティカルな一点として利用されています。ROCKYは蘭丸と同じ立場にありながら、かつて母と姉に愛されたという記憶が彼と仲間を繋ぎ、White Rascalsを立ち上げ鼓舞する原動力となっています。ROCKYは仲間を愛しているのです。愛と誇り、勝利を掴むヒーローとして、これ以上十分な資格があるでしょうか。

 「ともに戦い、ともに強くなる」「痛みを知るから強くなれる」―― HiGH&LOWのこの暖かい仲間からはじき出された、こころの通じない残酷な子ども。何も与えられなかったために、未来を獲得できない子ども。これこそ蘭丸の異質性といえるでしょう。

 

[1] 筆者は児童虐待を専門としているわけではなく、皮相的に語るにはあまりにも心が痛む事項であるため深入りはしないが、蘭丸の性格に見られる特徴と被虐待サバイバーに見られるPTSDの主訴は驚くほど似ていることをここに補足しておく。

[2] 中村蒼先生インタビュー https://www.oricon.co.jp/news/2095874/full/

 他にもたくさんインタビューがあるよ!

[3] ROCKYの母と姉は首を吊って自殺している

[4] 『HiGH&LOW THE MOVIE 2』脚本家・平沼紀久が語る、“ユニバース化”する物語世界とその作り方http://realsound.jp/movie/2017/08/post-98575_3.html

[5] 善信の「綺麗な顔」発言に対する笑顔はなんやねん問題も観客の心を苦しめるが、第3節で述べた虐待に基づく防衛本能としての笑顔だと考えることも可能である。無理。

[6] https://www.ldh.co.jp/pyramid/index.html

[7] 林蘭丸の演者がLDH俳優でない理由もここに求められる。

[8] 中村蒼先生インタビューより。

[9] 中村蒼インタビュー

[10] HiGH&LOW大図鑑